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胃瘻

もともとは嚥下障がいのあるこどもが生きるための手段です。
それを一件10分でできるPEGという術式で十分な検討なしに高齢者におこなってきたPEGドクターズネットワークの責任が問われることと認識しています。
重度障がい児者にとっては、快適な生活手段の一つであることは、誰にも否定させません。PEGでは対応できないことがほとんどですが。
  • 2012-02-07 23:05
  • daisku613
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看取り

私は全てのことを考えることはできないけど
家族とは密に話をしています
2年前父を看取りました
海外に住んでいて、看取ることは不可能だと思っていましたが
たくさんの人の協力で、ちょうど帰国日に意識は無くなってしまったけど
奇跡の7日間を病院で24時間一緒に過ごせて
後悔も何も無く、感謝の気持ち一杯で父を送り出せました
主人と私の祖母は健在で、互いに90を超えていますが
元気に過ごしてくれています
母同士もそうですが、常に、最後はどうでありたいか
本人の意思をきちんと聞いて、希望を確認しています
お互いに後悔の無いように
見送られる者も、見送る者も
寂しさはあっても、後悔は無いように
心を通じ合わせること・・・
それが一番素敵なことだと・・・私たち家族は思っています
旅立ちの時・・・誰もが穏やかであってほしいと思います

延命治療について、横軸で様々なケースを考えたときに、光もあれば影もありますよね。ひとつ言えることは、愛と憎しみは背中合わせで存在するということ。高齢者の多い病院で看護をしていた自分は、淡々とケアしていした。淡々とケアするしかなかったのです。

もうひとつ、縦軸として見た場合、延命治療の歴史はどれだけ遡れるのでしょうか。人類の長い歴史のなかで、高度医療が一般化したのはここ数十年ですよね。医療技術の急激な発展にともなう療養環境の変化に、誰もが戸惑っているというのが現状ではないでしょうか。もちろん制度や法律も含めて。経済問題は、、、深刻です。

私のスタンスは、嚥下障害のある方や難病の方、手術後の治療目的、意思表明の明らかな人は除いて、食べれなくなったら終わりにして欲しいという考えです。

しかし、だからと言って、目の前に胃瘻のある方がいたとして、それを引っこ抜くとか、考えもしません。ただ淡々とケアするのみです。

P.S.胃瘻を治療行為としてみた場合、それ単独で論じても仕方なく、IVHや経鼻経管栄養との比較で論じた方がよいでしょう。
  • 2012-02-07 23:56
  • きよ
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おはようございます。胃瘻までつけたのに受け入れる施設の少なさ・・・おっしゃる通りです。老健、特養はまず受けないでしょうし、介護付き住宅もだめ。最後の頼みの療養系病床も廃止が決まっている。お先真っ暗です。
もちろん、医療施設の都合だけで胃瘻をつけるのはいかがなものとは思いますが、想像を絶する決断で胃瘻をつけたのに、その行く先が・・・・
この辺りの考えは、刻一刻と自分も変化していくと思います。うちが経営しているのはアパート。診療所の上にアパートがあるのです。そこに意識があるなしに関わらず、胃瘻の方やALSの方が生活しています。もう受けるっきゃないでしょ!
  • 2012-02-08 07:57
  • ぷくちゃん
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二人称や一人称の死と向き合わないといけないかも。

科学というものは、物質的な第三者として観察するから成り立つのでしょうけれど、愛する人という二人称や自分自身という一人称で死ということをもっと考えてみる必要があるように思います。三人称ということは、単に物質的な過程であり、病院の経営にとってとかそういうことになってしまいます。

もっと、死というものを愛する人や自分というものとして考えていくならば、胃ろうの増設などという話にはならないのではと思います。延命もただ自分の責任逃れのためだけの延命としたら、それは、第三者的にしか見ていない。自分の愛する人や自分自身というものに置き換えて医療も発達させなければという気がしています。それは終末医療に携わる人の責任だと思います。
  • 2012-02-08 14:16
  • しげお
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数年前祖母が亡くなる前おばの急死によって
認知も進み、食事も取りづらくなり元々あった
精神疾患もあって短い間に在宅→入院になり
胃ろうの選択肢も在宅のドクターから聞いて
いました。選ぶかどうしようかと決める前に祖母は
逝きましたが…本人の意思はもちろん家族が
どう対応するかも考えさせられました。医療現場で
見てはいても実際するのとは又違いますし…
皆が快適に暮らしやすくなるには、どうあるべきか
個々を受け入れ寄り添える介護者を目指したいです。
  • 2012-02-08 14:45
  • hanahana
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延命治療、わたしが14歳の中学生の時に最愛の母は逝きました。
父からは私たち姉妹には母の病気の重たさを教わる事なく、その時はただただいつかはまた普通に元気になって、普通に退院して、普通にまた母と毎日を過ごせると思っていました。
けれど、中学生のわたしはお見舞いに行くたびに、また手術をしては会話ができなくなって行く母の姿をみて、うさうす予感はしていました。
呼吸器をつけて、ただ寝ているだけの姿でも、まだお母さんは生きてるし、また元気になるって決まってるって信じていました。それから数週間後に息をひきとりました。
いまでは、一年間、30代で妻の介護に励んだ父も、私も最後は本人がどう考えていたのかは知る事はできません。
が、息を引き取る数秒前に、母は目を薄っすらと開けて涙をみせて微笑むような穏やかな顔をみせました。その姿をみて、これで良かったのだと納得しています。
お兄さんの課題とは話がかけ離れてすみません。
ついつい思い出してしまい書き込んでしまいました。
  • 2012-02-08 20:37
  • 仲間
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胃ろう あまり聞いたことがない言葉でしたが、去年の夏に祖母が亡くなる前に選択肢としてでたのを思い出します。

父方の祖母でしたが、震災後入院して食欲が落ち 胃ろうの話しがでたけど、父と双子のおじさんは胃ろうはやりたくない。と話していて
病院まで2時間かけて 食事が自分の口から取れるようにと食事の介助をしました

1時間かけての介助でも、やっと一口、二口

また来週くるね。と声をかけ帰るときは 今日で来るのが最後かな といつも 考えていました

数ヶ月たち
父に胃ろうやったら もっと長生きできたかな?
ってきいたら
そうかもしれないな~
って話してました。

でも父は最後まで自分の口から栄養をとってほしいと思ってました。そんな父をみて父のように私もそうなりたいと思いました。

話しがずれてスミマセン

忠道さん朋ちゃんこんばんは私は、かつては療養型の病床で介護をしていました当たり前のように、声を出せない方や一人で寝返りもできない方に、毎日大量の胃ろうからの経管栄養で体重が増加していく患者さん。家族もなかなか面会に来られない方から、毎日隣で世話をして話しかける家族。たくさんの人を見てきましたそのばしょでは、最善策としての胃ろうが、ほとんどでした。今。在宅でのケアマネとして、かなり大きな病院に入院された利用者が、意味を深く知らない家族に簡単に胃ろうの説明をされ、造設しようとする病院や医師、家族に。私は、何人かストップさせてきましたその家族の状況やご本人のこと。深く知らない医師が何故、簡単に勧められるのか目先の事しか考えず。まだまだ経口摂取が可能な利用者の楽しみを奪えるのでしょうまだまだ病院や医師に弱い家族や利用者のパイプにならないといけませんその方らしくその家らしくあるために。最善策としての胃ろうであるなら私は薦めます。介護保険の制度改正も、現場を知らない人が机で決めた話により、利用者、家族、事業者、役所、ケアマネも振り回します改正の度に説明し、謝り、責められるのはケアマネですとても胃が痛いです。
  • 2012-02-09 21:01
  • run
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延命医療についての私の考え

現時点での延命医療について私なりの考えを述べてみようと思う。

あくまでも現時点での考えであるため、これから変わるかもしれないし、変わらない
かもしれない。後ほどその件にも触れてみようと思う。

現在、高齢者の終末期医療において、おなかの外から胃に穴をあけ、管で栄養を送る
「胃ろう」の中止も、選択肢として考慮する必要があるとの見解を、日本老年医学会
がまとめ、尊厳ある最期を迎えるための終末期医療はどうあるべきか、医療者や患者
家族それぞれに、重い課題として投げかけられている。

私が注目しているのは、医学的理由だけではなく、病院経営の都合から胃ろう造設患
者が増えている「現場の事実」だ。

最近の大型病院はDPCという包括報酬システムを導入しているところが多く、簡単に
言えば、長期入院患者が増えると赤字になるシステムなのだ。まだ、口から十分に食
べることができない患者を早期に転院させるために胃ろうを作ったり、食事介助の手
間や誤嚥性肺炎を恐れ、そのリスクを嫌う介護施設(特別養護老人ホーム、老人保健
施設、高齢者住宅等を含む)が入所者に勧めたりするケースが多いということだ。

90歳高度認知症の方を例に出そう。
家族のこともわからず、自分がどこにいるかもわからない。患者本人が何を考えてい
るのか、あるいは何も考えていないのか、それは誰にもわからない。
医療者もまた実はそう思っている。胃ろうを造って長生きさせることが本人のために
なるのかならないのか。家族も胃ろうは望んでいない。食べて肺炎になって死んだと
してもそれはそれで仕方ないのではないかと思っている。
しかし、肺炎になって家で死んだりしたら外聞が悪い。病院にも入れなかったのかと
言われるのが怖い。それで入院。病院は延命治療を行う場所。まさか治療しないでく
れとは言えない。肺炎を繰り返す。DPC導入病院のため、在院日数の関係上入院継続
困難。胃ろうを造設しなければ受け入れてくれる施設が無いと医師に告げられる。
肺炎が続く。やむなく胃ろう造設を家族が決意。

これは、いたるところで起こっている現実。まさに自らの親にも起こりうる現実だ。
もっとひどい例も聞いた事がある。が、ここでは言いたくない。

しかし、一方通行の考え方は危険である。
たとえば、自分の親が胃ろうという治療法によって、すこしでも生き続けられる可能
性があるとする。または愛する夫がだ。たとえ改善の見込がないものとしても、そう
説明を受けていたとしても、生きていてほしい。そばにいてほしい。そう思う人は必
ずいるのだという現実を蔑ろにすることはできないはずだ。

胃ろう造設者や人工呼吸器をつけた患者をまるで一輪の花を愛でるように大切にケア
する医療療養病院の仲間たちを知っています。かの病院は他の病院で入院を断られた
人たちや手のかかる患者を黙って引き受け、反応のない患者たちに対して、その方の
人生の物語(ナラティブ・ベース・メディスン)を職員全員で共有するような類い稀
な病院である。彼らに向かって胃ろうが悪だなどと、どうして言えようか。
また、延命治療が命の要となるALS患者を心から愛し、守り、そして厚生労働省を相
手取り、痰吸引を介護士にも行えるよう法改正を訴え、見事実現させた強い、美しき
女性を知っています。
彼らは、胃ろう技術の必要性を違う角度から訴え、意味ある使い方を行う人たちです。

逆に、財政破綻した夕張で出会った医療法人希望の杜理事長村上智彦先生のような人
もいる。彼らは今や胃ろう造設を含む延命医療そのものに対して、真っ向から立ち向
かい、「戦う医療」から「支える医療」への転換を訴える挑戦者である。誰もが行う
ことを避けるへき地での医療改革を見事に成功させ、地域の活性化に尽力されている
次世代の医療者だ。

現在、民主党の政治家を筆頭に「尊厳死法」なるものが通常国会に提出されようとし
ている。これは、簡単に言えば、人の死を医師や家族が決定することができるものだ。
この法案によって、延命や家族の終末期について考える、議論されるきっかけになる
ことには賛成だが、人の死期を第三者が決めるなど、ましてや医師が決めることなど
ナンセンス以外なにものでもない。仮にリビングウィルで延命を拒否していたとして
も土壇場になり、本人が生きていたい、家族は生きていてほしいと考えを変えるケー
スなどがあって当たり前なのだ。今回の法制化の動きはあきらかに医療費削減政策だ。
でなければ、エイリアン発言など出ようものか。いったい人の命をなんだと思っているのか。

これは、ある医師から出た言葉です。

超高齢の親に、TPN、胃ろう、経鼻栄養のいずれも行わないと決断した家族。
数ヶ月の予後の見込みどおり、数ヶ月で逝った。その間はずっと穏やかな時間だった。
ご家族にも看取りの満足感をもっていただくことができた。結局、死を前にブレない
家族のほうが静かな看取りを経験できる可能性が高いのかもしれない。


理想だと思う。だがしかし、こうした幸せな終末期を迎えられる家族ばかりではない
現実を忘れてはならないと私は思う。今後、胃ろうは、本当に本人や家族が必要とす
るケースを除いて、安易に造設するものではないと思う。ましてや病院や施設の都合
によって造られるものではない。医師や施設の人間は、胃ろうを造設した場合の結末、
延命治療を施さない場合の経過や結末を時間をかけてしっかりと患者や家族に説明を
行う必要性が高い。無論、今でもそのように行っているケースもあるが、まだまだ少
ない現実は否めないだろう。また、胃ろうという技術はいずれ時間をかけてなくなっ
ていくものだろうとも思う。

そして私は、だからといって胃ろう患者をひとりの人間としてみることを忘れること
だけはしないと決意する。サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」を千葉県の鎌ヶ谷
にオープンさせ、地域の医療機関の生の声を聞いた。どこにいっても胃ろう患者の受
け入れ要請だ。いったいこれはなんという現実だろうか。胃ろうまで造設し、生きる
ことを決めた高齢者の行く場所がないとは、あんまりではないか。

自分にできることを考え行動してゆこうと思う。胃ろうだとか延命だとかぶっちゃけ
関係ない。ひとりの人間なのだから。それを忘れてはならないと強く思う。

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胃瘻

もともとは嚥下障がいのあるこどもが生きるための手段です。
それを一件10分でできるPEGという術式で十分な検討なしに高齢者におこなってきたPEGドクターズネットワークの責任が問われることと認識しています。
重度障がい児者にとっては、快適な生活手段の一つであることは、誰にも否定させません。PEGでは対応できないことがほとんどですが。
  • 2012-02-07 23:05
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看取り

私は全てのことを考えることはできないけど
家族とは密に話をしています
2年前父を看取りました
海外に住んでいて、看取ることは不可能だと思っていましたが
たくさんの人の協力で、ちょうど帰国日に意識は無くなってしまったけど
奇跡の7日間を病院で24時間一緒に過ごせて
後悔も何も無く、感謝の気持ち一杯で父を送り出せました
主人と私の祖母は健在で、互いに90を超えていますが
元気に過ごしてくれています
母同士もそうですが、常に、最後はどうでありたいか
本人の意思をきちんと聞いて、希望を確認しています
お互いに後悔の無いように
見送られる者も、見送る者も
寂しさはあっても、後悔は無いように
心を通じ合わせること・・・
それが一番素敵なことだと・・・私たち家族は思っています
旅立ちの時・・・誰もが穏やかであってほしいと思います

延命治療について、横軸で様々なケースを考えたときに、光もあれば影もありますよね。ひとつ言えることは、愛と憎しみは背中合わせで存在するということ。高齢者の多い病院で看護をしていた自分は、淡々とケアしていした。淡々とケアするしかなかったのです。

もうひとつ、縦軸として見た場合、延命治療の歴史はどれだけ遡れるのでしょうか。人類の長い歴史のなかで、高度医療が一般化したのはここ数十年ですよね。医療技術の急激な発展にともなう療養環境の変化に、誰もが戸惑っているというのが現状ではないでしょうか。もちろん制度や法律も含めて。経済問題は、、、深刻です。

私のスタンスは、嚥下障害のある方や難病の方、手術後の治療目的、意思表明の明らかな人は除いて、食べれなくなったら終わりにして欲しいという考えです。

しかし、だからと言って、目の前に胃瘻のある方がいたとして、それを引っこ抜くとか、考えもしません。ただ淡々とケアするのみです。

P.S.胃瘻を治療行為としてみた場合、それ単独で論じても仕方なく、IVHや経鼻経管栄養との比較で論じた方がよいでしょう。
  • 2012-02-07 23:56
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おはようございます。胃瘻までつけたのに受け入れる施設の少なさ・・・おっしゃる通りです。老健、特養はまず受けないでしょうし、介護付き住宅もだめ。最後の頼みの療養系病床も廃止が決まっている。お先真っ暗です。
もちろん、医療施設の都合だけで胃瘻をつけるのはいかがなものとは思いますが、想像を絶する決断で胃瘻をつけたのに、その行く先が・・・・
この辺りの考えは、刻一刻と自分も変化していくと思います。うちが経営しているのはアパート。診療所の上にアパートがあるのです。そこに意識があるなしに関わらず、胃瘻の方やALSの方が生活しています。もう受けるっきゃないでしょ!
  • 2012-02-08 07:57
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二人称や一人称の死と向き合わないといけないかも。

科学というものは、物質的な第三者として観察するから成り立つのでしょうけれど、愛する人という二人称や自分自身という一人称で死ということをもっと考えてみる必要があるように思います。三人称ということは、単に物質的な過程であり、病院の経営にとってとかそういうことになってしまいます。

もっと、死というものを愛する人や自分というものとして考えていくならば、胃ろうの増設などという話にはならないのではと思います。延命もただ自分の責任逃れのためだけの延命としたら、それは、第三者的にしか見ていない。自分の愛する人や自分自身というものに置き換えて医療も発達させなければという気がしています。それは終末医療に携わる人の責任だと思います。
  • 2012-02-08 14:16
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数年前祖母が亡くなる前おばの急死によって
認知も進み、食事も取りづらくなり元々あった
精神疾患もあって短い間に在宅→入院になり
胃ろうの選択肢も在宅のドクターから聞いて
いました。選ぶかどうしようかと決める前に祖母は
逝きましたが…本人の意思はもちろん家族が
どう対応するかも考えさせられました。医療現場で
見てはいても実際するのとは又違いますし…
皆が快適に暮らしやすくなるには、どうあるべきか
個々を受け入れ寄り添える介護者を目指したいです。
  • 2012-02-08 14:45
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延命治療、わたしが14歳の中学生の時に最愛の母は逝きました。
父からは私たち姉妹には母の病気の重たさを教わる事なく、その時はただただいつかはまた普通に元気になって、普通に退院して、普通にまた母と毎日を過ごせると思っていました。
けれど、中学生のわたしはお見舞いに行くたびに、また手術をしては会話ができなくなって行く母の姿をみて、うさうす予感はしていました。
呼吸器をつけて、ただ寝ているだけの姿でも、まだお母さんは生きてるし、また元気になるって決まってるって信じていました。それから数週間後に息をひきとりました。
いまでは、一年間、30代で妻の介護に励んだ父も、私も最後は本人がどう考えていたのかは知る事はできません。
が、息を引き取る数秒前に、母は目を薄っすらと開けて涙をみせて微笑むような穏やかな顔をみせました。その姿をみて、これで良かったのだと納得しています。
お兄さんの課題とは話がかけ離れてすみません。
ついつい思い出してしまい書き込んでしまいました。
  • 2012-02-08 20:37
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胃ろう あまり聞いたことがない言葉でしたが、去年の夏に祖母が亡くなる前に選択肢としてでたのを思い出します。

父方の祖母でしたが、震災後入院して食欲が落ち 胃ろうの話しがでたけど、父と双子のおじさんは胃ろうはやりたくない。と話していて
病院まで2時間かけて 食事が自分の口から取れるようにと食事の介助をしました

1時間かけての介助でも、やっと一口、二口

また来週くるね。と声をかけ帰るときは 今日で来るのが最後かな といつも 考えていました

数ヶ月たち
父に胃ろうやったら もっと長生きできたかな?
ってきいたら
そうかもしれないな~
って話してました。

でも父は最後まで自分の口から栄養をとってほしいと思ってました。そんな父をみて父のように私もそうなりたいと思いました。

話しがずれてスミマセン

忠道さん朋ちゃんこんばんは私は、かつては療養型の病床で介護をしていました当たり前のように、声を出せない方や一人で寝返りもできない方に、毎日大量の胃ろうからの経管栄養で体重が増加していく患者さん。家族もなかなか面会に来られない方から、毎日隣で世話をして話しかける家族。たくさんの人を見てきましたそのばしょでは、最善策としての胃ろうが、ほとんどでした。今。在宅でのケアマネとして、かなり大きな病院に入院された利用者が、意味を深く知らない家族に簡単に胃ろうの説明をされ、造設しようとする病院や医師、家族に。私は、何人かストップさせてきましたその家族の状況やご本人のこと。深く知らない医師が何故、簡単に勧められるのか目先の事しか考えず。まだまだ経口摂取が可能な利用者の楽しみを奪えるのでしょうまだまだ病院や医師に弱い家族や利用者のパイプにならないといけませんその方らしくその家らしくあるために。最善策としての胃ろうであるなら私は薦めます。介護保険の制度改正も、現場を知らない人が机で決めた話により、利用者、家族、事業者、役所、ケアマネも振り回します改正の度に説明し、謝り、責められるのはケアマネですとても胃が痛いです。
  • 2012-02-09 21:01
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下河原忠道

株式会社シルバーウッド代表取締役
/薄板軽量形鋼造システム スチールパネル工法躯体販売事業/サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀 ぎんもくせい」運営/財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事

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