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コメント

忠道さんのこのブログを読み三年前に97歳で亡くなった祖母を想いました。祖母は明るく少しミーハーでお洒落。長年夫を介護し看とり身体障害者である娘も看とり六人の子供を育て上げパートで家計を助けた苦労人、ユーモアがあり優しく私が新しい服を着ていると『素敵だねー似合うよ』と必ず褒めてくれたり内緒で色ツキのお菓子を買ってくれました。(母は着色料が嫌い)思い出話すみません。
そんな祖母が5年前肺炎になり病院に入院しお見舞いに行って びっくり… ベッドに手足を縛られていたのです。看護婦さんに紐をほどいてと懇願しているところを目撃しました。。(私達家族は知らなかった)こんな病院に居させられないと連れて帰ったのですが、その事がトラウマになってしまったのか痴呆が進み私達家族にも暴言をはく別人になってしまい手におえなくなってしまったのです。特に下の世話をされるのが大嫌いで噛みついたりもしました。どうしたものか思案した結果特養に受け入れてもらったのです。
でも…
最後を看とる事が出来ませんでした。
今でも残念で無念でなりません。
忠道さん… 安心して長生きできる日本であってほしいです。

つらつら長く気持ちを書きつらねすみませんでした。
お仕事頑張ってください。応援しています。
  • 2011-11-10 18:12
  • 椿
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レポートとても興味深く読ませていただきました
本当の豊かさとは何か?
を考えさせられます。
ありがとうございます。
m(__)m 頑張ってください!
  • 2011-11-10 19:36
  • まま
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忠道さん、朋ちゃんこんばんは以前、私の利用者様がホスピスで最期を迎えられました。都内ではまだ少なく、大きな病院に居ることもできない在宅では不安。施設や療養型病院では行うケアや治療に限りがある。その中でご家族が決断されました。料金も高く大変だったかと思います。癌と闘う患者様には特に精神的な支えが一番だと思います。まだまだ日本は遅れている事が沢山です。私も海外のケアを学びに1年留学したいと兼ねてから希望をもっていましたが、今はまだ生活があり、難しそうです知ってほしい事やケアの本質が何なのか。もっと沢山の方に理解してほしいですね貴重な経験。羨ましいです。是非、ホ‐ムの中で生かしてください。なかなか見学にも行けず残念です。寒くなりました。お身体ご自愛ください。
  • 2011-11-10 19:39
  • run
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大切なのは人間の尊厳を取り戻すこと

いつも拝見し、勉強させてもらってます。
真の老人福祉とは人間としての権利を回復してやること。齢(よわい)古希を迎える身となれば、待ち受ける死は、日常のものとなり、一期一会の精神で生きる大事さを噛み締める今日この頃です。死ぬ間際まで、人間は尊厳を守るべきです。若き実業家の日本を支えるご事業が成功されますことをお祈り申し上げております。

お兄様こんばんは!いつも勉強になります。これから先、見送る身内は沢山なので、色々と考えさせられます!順序は関係ないので、私が先かもしれませんが…。今年亡くなった祖父は、病院でした。祖父の希望は、自宅でしたが、祖母を早くに亡くした、私の母は、1日でも長く祖父と居たかったようで、結局病院に頼ったんですよね~。延命治療とは言わないのでしょうが(亡くなる数時間前まで話をしてましたから)余命から、3ヶ月持ちましたので、治療して良かったのかもですね。。父方の祖父母は健在ですが、二人とも一切の延命治療はしなくて良いとの強い希望です(笑)祖父は、自分は、心臓が弱いから、きっとポックリ逝くだろうと(笑)祖母は、注射や、酸素マスクとか嫌だとかで、入院する位なら、日々弱っても自宅がいいと…。しかし、当人達の希望があっても、家族としては、そんな状況であれば、病院に連れていき治療してもらいたいと思うのですが…。第一、銀木犀さんのような、施設はないですもん。。昨年、祖父の弟が、癌で亡くなりましたが、それこそ、延命治療でした。危篤と言われ、周りは大慌てで、喪服準備、葬儀社と打ち合わせなどしていたら、なんとそれから、4ヶ月生きました!酸素マスク、点滴、沢山の管をつながれ…。 心臓が動いてるだけでした!私も時々病院に行きました。じいちゃん、じいちゃん、と言っても反応なし。身体を拭いたり、ひげを剃ったり。おばさん、もう連れて帰ろーって、アタシが言う事じゃあないけど、つい…。言ったよ。ここからが大変!昔の人ってきょうだいが多くて、男はうちの祖父 、危篤のじいちゃん、末っ子。姉様妹様4人。女性達がうるさいの、なんの(笑)結局、本人は延命は嫌だったのに、おばさんが治療を選んだのです!じいちゃんは、癌だとわかった時、治療に行かなかったの。どうせ治らない、入院なんかは嫌だと。なら、すきな事をして死にたいんだと。倒れて行った時には手遅れだったのに、何故だか4ヶ月生きました!すみません、意味わからなくなってきましたよね(笑)しかも長々と。。話したい事が上手く伝えられなくて。。ただ、銀木犀さんのような、素敵な施設が日本中にできてほしいです。。長々と本当にすみません!叉遊びに来ますね!
  • 2011-11-11 01:35
  • 涼華
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お兄さん、おはようございます。凄く勉強になりました。私には
祖父母は亡くなっていませんが、亡くなるまでに色んな選択を
病院で両親がしていたのを見ていました。そして祖母達の日々
弱って行くのを見ていました。母は延命治療も末期なら抗がん剤も
要らない、ただ痛みや苦しみだけ取ってほしいと言います。私も
同じです。そして、病院でなくホスピスに入れたいと思います。
最期の時間はゆったり大切に過ごしてほしいと思うからです。
素敵なホスピスや施設が増える事を望みます。応援しています。
  • 2011-11-11 07:12
  • hanahana
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第2の人生

河合隼雄さんの本に「中年クライシス」という本があります。人生は2峰性の山。江戸時代でも確か葛飾北斎にしても伊能忠敬にしても創造的な人生を50を過ぎてから行ったと思います。隠居が創造的な人生の始まりで、隠居までは「お勤め」としての義務であり社会貢献。そう考えると第2の人生。現代だと定年退職後ですかね?を死に向かう人生というよりは盛り上げることが大切だと思います。長寿だからこそ誇りに持って第2の人生を送り、その最後のもっとも華やかなゴールこそが、銀木犀であって欲しいと思います。だから、自分が誇りをもっていきられる場所、そして、華やかなゴールとなる場所になってくれればいいなと思います。

いつもいつも忠道さんのblogはホントに心に残る素敵なお話で…ありがとうございます!

銀木犀での皆様とのライフ+いつもお勉強にいかれてホントに…なんか…びっくりするばかりですが

私たちに勇気と希望を与えて下さって感謝してます(*^o^*)

現場スタッフチームも医療チームも運営されるチームも地域チームもご家族様みんなで御利用者様のために心を込めて寄り添っていきたいと改めて思いました☆

看護師長さん、素敵な笑顔で…ぐっときました…こんな笑顔で終着点を迎えていただけるようわたしも頑張ります。

素晴らしいレポート本当にありがとうございました!

皆さんありがとうございます!

椿さん、ままさん、runさん、島田さん、涼華さん、hanahanaさん、しげおさん、マリさん

コメントありがとうございます。
皆さんはいつもこのブログにお越し頂き、心やさしいコメントを残してくださいます大切な仲間です。
妹共々、心より感謝しております。

さて、今回の英仏終末期医療視察は、私にとっては大変大きな経験となりました。元々、鉄鋼関係の仕事をしていた父の影響から鉄屋となり、その鉄を使った建築工法を開発し、時代の流れから高齢者施設の建築に携わり、ついには高齢者住宅の運営事業そのものに着手してしまった人生を振り返り、どうにもこちらの世界に引っ張られているような気がしてなりません。
日本の高齢者医療・介護業界も変化を求められていることを感じ、私に出来ることならば全力で取り組んでいこうと腹を決めました。新参者の私がどこまで出来るかはわかりませんが、持ち前の恐れ知らずの性格を武器にどんどん挑戦していこうと思います。どうぞこれからも宜しくご指導をお願い申し上げます。

忠道
  • 2011-11-11 16:49
  • 忠道
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お兄様こんばんは!皆様もこんばんは!お兄さん、コメントありがとうございます!嬉しいです(笑)お兄さんのパワー、 信じてます!遠くからですが、応援しています!いつか、銀木犀さんに行ってみたいです!今日は、長男の七五三で、祖父祖母を誘い、食事に行ってきました!祖父が2週間程前から手のしびれがあるとの事で、来週病院に行ってみるそうです!少し認知の入った婆さんをおいて、先に死ねないと(笑)祖父も81才です!若くして、瓦職人になり、その道45年。その後、うちの父に代を譲りました。まだまだ軽トラをのりまわし、田んぼや畑、大好きな松の木の手入れ、楽しい事を満喫している最中です!今日も言ってました。ポックリがいいと(笑)昨年亡くなった、弟のような死に方は嫌だと。どうぞ、酸素マスク何かしないでくれと(笑)元気そうで、年々弱っていく祖父。祖父の思い通りの最期がくる事を願います! とぉもぉちゃん!お元気かな?大好きです☆
  • 2011-11-11 19:49
  • 涼華
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はじめて言葉を送ります。忠道さんのやっていること、考えていることの正義感に感服しました。これからも楽しみにしています。

自治のコミュニティーを創りあげることが大切です。

 いつも、感動を持って読ませて頂いてますが、本当に忠道様のご事業は革命的なものを含んでいると思います。サービス付き高齢者住宅でポイントとなるのは、自らの力で秩序・コミュニティー創りをさせることにあります。でなければ、単に手取足取り的なサービスをするだけでは、高齢者を一カ所に囲った老人介護施設・老人ホームと変わらなくなってしまいます。
 あくまでも、そこに住まわせるというのは、自分達で独り立ちさせ、なおかつ、国家・社会に貢献できる共同体を創り上げさせるというのが目的であると思いますし、忠道様のご事業もそのようなものあと私は見ております。何故なら、高齢者集合住宅のコミュニティーと言えど、他のコミュニティー・社会との交流関係にありますし、そのコミュニティーだけで生きていけるわけがありませんから、他の社会のために貢献・発信できる文化を創造できるものでなければ存続できません。高齢者と言えど、自らの力で社会に働きかけ、問いかけ、創造的な仕事をしていけるようなコミュニティー創りを目指すべきです。人間には生きがいが必要です。そのためには、文化・教育事業を含んだ活動が、当然高齢者コミュニティーの中に含まれなければなりませんし、そうしたものの運営を自ら為し、また外の世界と交流していけるのが、真の理想的なコミュニティーであり、また、これは高齢者こみゅにだけに限ったことではありません。全ての年代層に言えることであり、日本人が一番欠けているのが、この自主的なコミュニティー創りなのです。そう言う意味で忠道様の仕事は、日本の社会を革命的に変えるものがあると思ってますし、一介の英語屋として、お役に立てる時があればと思っております。英会話なども、コミュニティーの自主的カルチャー事業としてきっと貢献できると思います。朋美様共々、ご成功・ご発展を心よりお祈り申し上げます。

偉大すぎて もう たーちゃんと呼べないです いつも 思うことは お兄さんは 前向きで 全身あるのみ って 伺えます。素晴らしい 経験をされて、お兄さんを 取り囲む環境や人間関係も とても厳しく けど 優しい…上手く言えませんが 忠道流の生き方、私は大好きで 尊敬します
朋ちゃん元気?楽しく過ごしてますか?
  • 2011-11-11 21:50
  • あみる
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忠道さん。コメントありがとうございます何もしていない私に仲間とはホントにありがとうございます足下におよびませんが、私なりに精一杯できる事を頑張りたいと思います。
  • 2011-11-11 22:51
  • run
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お兄さんお返事を感謝します。実は明日で一応ヘルパーとして在宅の仕事を
させていただいて1ヶ月になります。資格を取るに、あたっても主治医から鬱だと
知られたら取れない資格もあると言われましたし働いていても病的だと思われない
だろうかと、いう不安もずっと持っています。ただ1日1日1コマを大切にと
言い聞かせて利用者様宅に伺っています。そんな私が素敵な施設だなと思って
嬉しく見させていただいています。私は色んな意味で強くなりたいし、スキルアップも
したいので、いっぱいある病気は、これからどうなるか分からないけれど、前だけを
見て止まっても良いから歩きたいですね。今までの努力不足を少しでも変えられるように
なりたいです。これからも宜しくお願いします。
  • 2011-11-11 23:22
  • hanahana
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忠道さん、実際に、見学できたことは、重要ですよ。やっぱり、どんな分野でも、自分の目で見れたことって、すごく重要です。誘っていただけて、良かったですね。
こちらは、9日に小型二輪の免許証をもらえました。あいにく、配達の仕事が、今すぐ無く、12月20日から1月6日までの、荷物の仕分けのアルバイトの面接を受けます。貯金をおろして、125CCのミッションのバイクを購入するかを、良く考えます。12月20日までは、バイクの道路での練習と、パソコンの自習に、あてたいと思います。また、これは、職業ではありませんが、ファッションの会社に、最先端ファッションの情報を送ることを、ライフワークにしています。忠道さんの活動は、世界規模の活動で、すごいなあと思います。お互い頑張りましょう。
  • 2011-11-12 01:50
  • ゆうき
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そうですね。
最後を自宅で‥こういう選択肢があるのは良い事と思います。本当に、マザーテレサを思い出します。彼女のしていることは、間違ってはいませんし、むしろ患者への思いやりが表れているとおもいます。以前教会で、重い病気の信徒の方が『私は私の家で(主イエスのみもとで)死をむかえたい』と言っていた方がいましたが、その願いは叶い礼拝中に息をひきとりました。本来なら入院の状態でしたが、自ら選択して、病院の治療というのを選びませんでした。

これから日本に、そういった施設が出来ることを祈っています。良い文章をありがとうございました。
  • 2011-11-12 13:34
  • ねこ
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延命至上、救急至上主義の現場で勤務しております。忠道様のプログ、私達の心の叫びです。日本中の皆様に伝えたい。「人は必ず死ぬんです。どうか自分の死に方を決めておいて下さい。」
  • 2012-01-22 17:51
  • 現場
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私は看護師で終末期の患者さんを看ることがを多く、何人か看取ってきました。緩和を勉強していく中で、セントクリストファーホスピスを知り、ぜひ訪れたいと思っています^^
貴重な記事をありがとうございます。
  • 2014-03-19 13:58
  • はな
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Re: タイトルなし

はなさんへ

それはよかったです。
当時私はまっさらな状態で視察に行かせていただきましたのでとても強く印象に
残っています。あんな素敵な場所が日本にできたらなぁと思いました。
コメントありがとうございます。下河原忠道

> 私は看護師で終末期の患者さんを看ることがを多く、何人か看取ってきました。緩和を勉強していく中で、セントクリストファーホスピスを知り、ぜひ訪れたいと思っています^^
> 貴重な記事をありがとうございます。
  • 2014-03-23 23:44
  • 下河原忠道
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聖クリストファー・ホスピスを訪問して


私はこの一週間、フランスとイギリスの病院を視察してまいりました。そこで見た終末期医療における国
の考え方の違いや私自身が感じたことをまとめてみようと思います。すこし長くなりますがどうぞご興味
のある方はお付き合いください。
今回はホスピス発祥の地、イギリスは聖クリストファー・ホスピスのご紹介をいたします。

まず、自ら経営を行うサービス付き高齢者向け住宅 銀木犀 の運営を通して末期の乳がんを患ったひとり
のご入居者様との出会いが、私の死生観や今後の高齢者住宅のあり方を変えるものとなっています。

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※ご家族の了承をいただき写真を掲載しています。彼女は僕の心のお師匠さんです。


彼女は自らの死を受け入れ、覚悟し、一切の延命治療を拒否、在宅となる高齢者住宅において最期を迎える
選択をされました。長年、地域の総合病院で看護婦長を努められた方です。いわば医療業界のプロです。

私達の世代は「人は最後に病院で亡くなるもの」という固定概念があるため、病院でもない、施設でもない
高齢者住宅において「死を見守る」という行為そのものが果たして適合するものかどうかもまったく分から
ない門出でした。しかし、たくさんの愛ある銀木犀スタッフ達やご家族に見守られながら亡くなっていった
彼女やご家族との交流を通して「死ぬ場所」は病院や自宅だけではないという確信を募らせています。


「死を看とる専門の病院がある」


日本慢性期医療協会の常任理事を務められる医療法人社団富家病院理事長富家先生より仏英における終末期
医療・介護施設視察へのお誘いをいただきました。私は飛び上がるほど嬉しくて、また、このタイミングで
ホスピスの源流を見られることに大きな使命感を感じずにはいられませんでした。

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そのホスピスと呼ばれる病院は、ロンドン郊外のテムズ川南方のシデナムという場所にありました。
閑静な住宅街にあり、建物全体が静謐のなかにたたずんでいるという印象でした。とても静かな空気です。

「ホスピス」という言葉は、日本人にはあまりなじみのない言葉ですが、日本の医師として1977年(昭和
五十二年)に初めて聖クリストファーホスピスを訪問した鈴木荘一先生の著書「ひとはなぜ、人の死を看
とるのか」ではこう定義しています。

ホスピスというのは、死にゆく過程を生の自然な一部とみなして、残されたクオリティ・オブ・ライフ、
すなわち「生命の質」を保つことに焦点をおいた場所であると。人口呼吸器のような機械につながれたり、
点滴やチューブを強制されたりしない。あくまで、慈愛とやさしさに満ちた雰囲気のなかで、生をまっとう
する助けをする。それがホスピスだと。死にゆくプロセスを可能な限り快適に、そして豊かで、実り多いも
のにするというのがホスピスケアの本質です。


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このホスピスの創立者であり、医師であり、院長であったシシリー・ソンダース博士は大変な努力家で、
当時、一般病院では敬遠されがちな末期がん患者のために、より専門的な収容施設が必要であることを
痛感し、各界の指導者に訴え、市民のサインや援助を求め、多くの有志や善意ある人々の多額の寄付金
によって1967年にここシデナムの丘に聖クリストファーホスピスを設立されました。
シシリー・ソンダース先生は、末期患者の疼痛をとり除き、人生の終焉を平和にしかも人間らしい尊厳
をもって最期を迎えるにはどのようなケアが必要かを長年かけて研究しました。彼女の功績は多岐に渡
るのですが、私が感動したのは、患者さんの訴えを、医師や看護婦が座って静かに聞く、という精神的
ケアの重要性を強く主張した点でした。また、いままでの常識をくつがえした鎮痛剤の使用方法です。

しかし、そこにいたる過程はそう簡単ではなかったといいます。というのは、当時、ほとんどの医師は、
がんで死にかけている重症患者に対する抗生物質投与を停止することは患者の命を絶つに等しい行為と
思われていました。そうした医療環境のなかで、ソンダース先生はそのような治療を中止し、すみやか
に、できるだけ苦しまずに、自然に死に向かうことが許されるべきだと主張します。
ソンダース先生のことばで有名なスローガンがあります。


「ホスピスは死を早めることも、遅らせることもない」


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聖クリストファーホスピスでの治療入院費は原則無料。運営費の3割をNHS(国民保険サービス)、
そしてなんとその7割を利用者の資産や募金によってまかなわれているとのことでした。写真は募金を
行った方々の名前が刻印された葉のレリーフたち。たくさんの人々によってこのホスピスは守られてき
たのだと感じました。

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建物の中にはたくさんのARTが飾られていました。私も高齢者住宅・施設におけるARTの役割重要性に
ついて強く主張していたので、とてもうれしく思いました。そして何よりも感動したのがこのお部屋。
ピルグリムルーム(pilgrim room)直訳すると巡礼者の部屋となるのですが、いわゆる礼拝室となり、
でもチャペルとは呼ばない。信仰をもつ人ももたない人も、患者も家族も、ボランティアも職員も、私
達のような訪問者でさえも、心を休める場所として使える。聖クリストファーホスピスの原点、理念の
核はここにあると感じました。そういえばマザーテレサが運営を行う末期の結核患者だけを収容するホ
ームオブダイーンを訪問したときも同じような神聖な部屋がありました。

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部屋の中心には、一冊の白紙のノートbookが置いてあり、そこには、ここで亡くなった家族や恋人への
手紙が思い思いに書き記されていました。会いたい、ありがとう、寂しい、いつかまた会えるよね・・

私が生まれた年に出版された本、E・キューブラー・ロス(1926~2004)の著した『死ぬ瞬間』を日本
に帰ってから読みました。この本は、死にゆく患者が死に至までにどのような心理的経過をたどるか、と
いう臨床実験を基に、存在し続けるものは「希望」と定義しています。とても好きな本になりました。
「無言のひとときは意義のあるコミュニケーションになりうる」というロスの指摘は、ソンダース先生の
「患者の訴えを座って静かに聞く」という精神的ケアとも共通する部分があると思います。

さて、ここ日本では少子高齢化の波が押し寄せていることを特に私は強く感じるところなのですが、今回
の視察によって、また冒頭ご紹介させていただいた銀木犀で終末期を見守った方との貴重な経験を通して、
「日本人はどこでどのように死ぬのか」ということに大変な興味と使命感をもつことになりました。

2025年、日本人の年間死亡者数は160万人と予想されています。そのうち、65歳以上の高齢者と呼ば
れる方々が140万人。同行した医師の先生も日本人の死ぬ場所について今後大きな社会問題になると指摘
されておりました。日本の一般病床は約90万床、療養病床においては38万床、うち10万床は削減の方針
を政府は打ち出しています。最期は病院で迎えるという常識は通用しない現実がもうそこまで来ている。
では、病院に変わる死ぬ場所として特別養護老人ホームや介護施設でのターミナルケア看とりが率先して
行われているかというと、そうではない。特養で98歳まで生きたおばあちゃんを食事が食べられなくなっ
たからという理由で救急車で病院まで送りつけるところまである始末だ。リスクだかなんだか知らないが、
私のような業界新参者でもそりゃないだろうと憤慨してしまいます。ましてや病院に運ばれてくれば、
どんな高齢者であろうとも、医療者の立場からキュア(治療)を行わざるをえない現実がある。医療を行
う側の人たちもこれでいいのだろうかと疑問を持ちながら延命治療を行っている現実が少なからずある。

銀木犀で家族に見守られながら息を引き取ったご入居者様のご家族がいよいよ着地点が見えてきたころに
やっぱり最期は病院で迎えたほうがいいのでは・・と相談を持ちかけてくれたときがありました。その時
私達、地域で構成されたターミナルケアチームはご本人の意思を尊重するべきだとの結論に達し、医師の
先生からご家族へあくまでも高齢者住宅での看とり(見守り)続行を進言させていただきました。結果、
最期は息子様に見守られながら、静かに苦しむことなく着地点を迎えたのです。皮下への点滴だけで、他
の延命治療は一切ありませんでした。

私は高齢者に対する延命治療が悪だと言っているのではありません。ただ、病院で最先端の医療に囲まれ
て死ぬか、自宅や高齢者住宅で家族に『ありがとう』と告げて死ぬかといった選択肢がもっと自然に生活
へとけ込んでいるべきだと思うのです。そうした選択肢が増えることはそれだけ社会が豊かになった証拠
といえるのではないでしょうか。そして今年制度化されたサービス付き高齢者向け住宅の役割に大きな可
能性と期待をよせています。まずは自分たちでやってみようと。

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聖クリストファーホスピスで学んだことは、ここでは到底伝えきれないのですが、私はひとりのソーシャ
ルワーカーの談話が忘れられません。まさにこころのケアだったからです。

それはある移民夫婦のケースでした。
イラン・イラクからイギリスへ入国し不法滞在をしていた夫の心のケアにあたっていた。夫には惨い戦争
による大きなトラウマがあり、さらには頭に大きな腫瘍が見つかってしまった。その時、ふたりには三歳
の子供がおり、絶望の縁に立たされた嫁はその三歳の子供とともに車で壁に突っ込んで死ぬという自殺を
ほのめかす言動さえみられたそうです。さらに、その嫁のおなかの中には新しい命が芽生えていました。
聖クリストファーホスピスの熟練ソーシャルワーカーとしても、感情的に大きく揺れるケースであったと
いいます。不法滞在の移民に対してどこまでの治療を受けさせることが出来るのか、また、その夫婦が、
しっかりと話し合える環境をつくることに尽力したそうです。痛みは患者だけではない、その家族もまた
大きな痛みを伴っていることを念頭に置き行動しました。結果、その夫は亡くなるのですが、なんと亡く
なる二日前に新しい命が誕生し、夫はその赤ちゃんの顔を見ながら逝ったそうです。

私はこの話を聞いて、ソーシャルワーカーの立場と重要性についても再認識することになりました。
病院で無理に命を引き上げる終末期キュアではなく、自宅や高齢者住宅においての終末期ケア、人がもつ
最期の生をまっとうさせる過ごし方という選択肢もあるのだと伝えられる最初の人だからです。

いろんな職種が横並びでチーム形成し、誰が上とか下ではないという思想が、聖クリストファーホスピス
の通念、理念であると思います。また、イギリスにおける(施設としての)ホスピスは、法制度上は「
ナーシングホーム」であるという点、したがって制度上は「ホスピス」としての独立した位置づけがある
わけではないという点、いわば“草の根”的に発達したものであるというアウトサイド的なところに個人的
な魅力を感じました。

私は、高齢化、少子化、医師不足、とりわけ高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることに少し違
和感を感じています。だって、日本は昔から長寿を祝う文化があったでしょう。まずは長寿大国日本を大
いに誇ろうではありませんか。そして、与えられた大きな課題のひとつ、死ぬ場所の環境整備もちゃんと
クリアしていこうではありませんか。

コメント

忠道さんのこのブログを読み三年前に97歳で亡くなった祖母を想いました。祖母は明るく少しミーハーでお洒落。長年夫を介護し看とり身体障害者である娘も看とり六人の子供を育て上げパートで家計を助けた苦労人、ユーモアがあり優しく私が新しい服を着ていると『素敵だねー似合うよ』と必ず褒めてくれたり内緒で色ツキのお菓子を買ってくれました。(母は着色料が嫌い)思い出話すみません。
そんな祖母が5年前肺炎になり病院に入院しお見舞いに行って びっくり… ベッドに手足を縛られていたのです。看護婦さんに紐をほどいてと懇願しているところを目撃しました。。(私達家族は知らなかった)こんな病院に居させられないと連れて帰ったのですが、その事がトラウマになってしまったのか痴呆が進み私達家族にも暴言をはく別人になってしまい手におえなくなってしまったのです。特に下の世話をされるのが大嫌いで噛みついたりもしました。どうしたものか思案した結果特養に受け入れてもらったのです。
でも…
最後を看とる事が出来ませんでした。
今でも残念で無念でなりません。
忠道さん… 安心して長生きできる日本であってほしいです。

つらつら長く気持ちを書きつらねすみませんでした。
お仕事頑張ってください。応援しています。
  • 2011-11-10 18:12
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レポートとても興味深く読ませていただきました
本当の豊かさとは何か?
を考えさせられます。
ありがとうございます。
m(__)m 頑張ってください!
  • 2011-11-10 19:36
  • まま
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忠道さん、朋ちゃんこんばんは以前、私の利用者様がホスピスで最期を迎えられました。都内ではまだ少なく、大きな病院に居ることもできない在宅では不安。施設や療養型病院では行うケアや治療に限りがある。その中でご家族が決断されました。料金も高く大変だったかと思います。癌と闘う患者様には特に精神的な支えが一番だと思います。まだまだ日本は遅れている事が沢山です。私も海外のケアを学びに1年留学したいと兼ねてから希望をもっていましたが、今はまだ生活があり、難しそうです知ってほしい事やケアの本質が何なのか。もっと沢山の方に理解してほしいですね貴重な経験。羨ましいです。是非、ホ‐ムの中で生かしてください。なかなか見学にも行けず残念です。寒くなりました。お身体ご自愛ください。
  • 2011-11-10 19:39
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大切なのは人間の尊厳を取り戻すこと

いつも拝見し、勉強させてもらってます。
真の老人福祉とは人間としての権利を回復してやること。齢(よわい)古希を迎える身となれば、待ち受ける死は、日常のものとなり、一期一会の精神で生きる大事さを噛み締める今日この頃です。死ぬ間際まで、人間は尊厳を守るべきです。若き実業家の日本を支えるご事業が成功されますことをお祈り申し上げております。

お兄様こんばんは!いつも勉強になります。これから先、見送る身内は沢山なので、色々と考えさせられます!順序は関係ないので、私が先かもしれませんが…。今年亡くなった祖父は、病院でした。祖父の希望は、自宅でしたが、祖母を早くに亡くした、私の母は、1日でも長く祖父と居たかったようで、結局病院に頼ったんですよね~。延命治療とは言わないのでしょうが(亡くなる数時間前まで話をしてましたから)余命から、3ヶ月持ちましたので、治療して良かったのかもですね。。父方の祖父母は健在ですが、二人とも一切の延命治療はしなくて良いとの強い希望です(笑)祖父は、自分は、心臓が弱いから、きっとポックリ逝くだろうと(笑)祖母は、注射や、酸素マスクとか嫌だとかで、入院する位なら、日々弱っても自宅がいいと…。しかし、当人達の希望があっても、家族としては、そんな状況であれば、病院に連れていき治療してもらいたいと思うのですが…。第一、銀木犀さんのような、施設はないですもん。。昨年、祖父の弟が、癌で亡くなりましたが、それこそ、延命治療でした。危篤と言われ、周りは大慌てで、喪服準備、葬儀社と打ち合わせなどしていたら、なんとそれから、4ヶ月生きました!酸素マスク、点滴、沢山の管をつながれ…。 心臓が動いてるだけでした!私も時々病院に行きました。じいちゃん、じいちゃん、と言っても反応なし。身体を拭いたり、ひげを剃ったり。おばさん、もう連れて帰ろーって、アタシが言う事じゃあないけど、つい…。言ったよ。ここからが大変!昔の人ってきょうだいが多くて、男はうちの祖父 、危篤のじいちゃん、末っ子。姉様妹様4人。女性達がうるさいの、なんの(笑)結局、本人は延命は嫌だったのに、おばさんが治療を選んだのです!じいちゃんは、癌だとわかった時、治療に行かなかったの。どうせ治らない、入院なんかは嫌だと。なら、すきな事をして死にたいんだと。倒れて行った時には手遅れだったのに、何故だか4ヶ月生きました!すみません、意味わからなくなってきましたよね(笑)しかも長々と。。話したい事が上手く伝えられなくて。。ただ、銀木犀さんのような、素敵な施設が日本中にできてほしいです。。長々と本当にすみません!叉遊びに来ますね!
  • 2011-11-11 01:35
  • 涼華
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お兄さん、おはようございます。凄く勉強になりました。私には
祖父母は亡くなっていませんが、亡くなるまでに色んな選択を
病院で両親がしていたのを見ていました。そして祖母達の日々
弱って行くのを見ていました。母は延命治療も末期なら抗がん剤も
要らない、ただ痛みや苦しみだけ取ってほしいと言います。私も
同じです。そして、病院でなくホスピスに入れたいと思います。
最期の時間はゆったり大切に過ごしてほしいと思うからです。
素敵なホスピスや施設が増える事を望みます。応援しています。
  • 2011-11-11 07:12
  • hanahana
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第2の人生

河合隼雄さんの本に「中年クライシス」という本があります。人生は2峰性の山。江戸時代でも確か葛飾北斎にしても伊能忠敬にしても創造的な人生を50を過ぎてから行ったと思います。隠居が創造的な人生の始まりで、隠居までは「お勤め」としての義務であり社会貢献。そう考えると第2の人生。現代だと定年退職後ですかね?を死に向かう人生というよりは盛り上げることが大切だと思います。長寿だからこそ誇りに持って第2の人生を送り、その最後のもっとも華やかなゴールこそが、銀木犀であって欲しいと思います。だから、自分が誇りをもっていきられる場所、そして、華やかなゴールとなる場所になってくれればいいなと思います。

いつもいつも忠道さんのblogはホントに心に残る素敵なお話で…ありがとうございます!

銀木犀での皆様とのライフ+いつもお勉強にいかれてホントに…なんか…びっくりするばかりですが

私たちに勇気と希望を与えて下さって感謝してます(*^o^*)

現場スタッフチームも医療チームも運営されるチームも地域チームもご家族様みんなで御利用者様のために心を込めて寄り添っていきたいと改めて思いました☆

看護師長さん、素敵な笑顔で…ぐっときました…こんな笑顔で終着点を迎えていただけるようわたしも頑張ります。

素晴らしいレポート本当にありがとうございました!

皆さんありがとうございます!

椿さん、ままさん、runさん、島田さん、涼華さん、hanahanaさん、しげおさん、マリさん

コメントありがとうございます。
皆さんはいつもこのブログにお越し頂き、心やさしいコメントを残してくださいます大切な仲間です。
妹共々、心より感謝しております。

さて、今回の英仏終末期医療視察は、私にとっては大変大きな経験となりました。元々、鉄鋼関係の仕事をしていた父の影響から鉄屋となり、その鉄を使った建築工法を開発し、時代の流れから高齢者施設の建築に携わり、ついには高齢者住宅の運営事業そのものに着手してしまった人生を振り返り、どうにもこちらの世界に引っ張られているような気がしてなりません。
日本の高齢者医療・介護業界も変化を求められていることを感じ、私に出来ることならば全力で取り組んでいこうと腹を決めました。新参者の私がどこまで出来るかはわかりませんが、持ち前の恐れ知らずの性格を武器にどんどん挑戦していこうと思います。どうぞこれからも宜しくご指導をお願い申し上げます。

忠道
  • 2011-11-11 16:49
  • 忠道
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お兄様こんばんは!皆様もこんばんは!お兄さん、コメントありがとうございます!嬉しいです(笑)お兄さんのパワー、 信じてます!遠くからですが、応援しています!いつか、銀木犀さんに行ってみたいです!今日は、長男の七五三で、祖父祖母を誘い、食事に行ってきました!祖父が2週間程前から手のしびれがあるとの事で、来週病院に行ってみるそうです!少し認知の入った婆さんをおいて、先に死ねないと(笑)祖父も81才です!若くして、瓦職人になり、その道45年。その後、うちの父に代を譲りました。まだまだ軽トラをのりまわし、田んぼや畑、大好きな松の木の手入れ、楽しい事を満喫している最中です!今日も言ってました。ポックリがいいと(笑)昨年亡くなった、弟のような死に方は嫌だと。どうぞ、酸素マスク何かしないでくれと(笑)元気そうで、年々弱っていく祖父。祖父の思い通りの最期がくる事を願います! とぉもぉちゃん!お元気かな?大好きです☆
  • 2011-11-11 19:49
  • 涼華
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はじめて言葉を送ります。忠道さんのやっていること、考えていることの正義感に感服しました。これからも楽しみにしています。

自治のコミュニティーを創りあげることが大切です。

 いつも、感動を持って読ませて頂いてますが、本当に忠道様のご事業は革命的なものを含んでいると思います。サービス付き高齢者住宅でポイントとなるのは、自らの力で秩序・コミュニティー創りをさせることにあります。でなければ、単に手取足取り的なサービスをするだけでは、高齢者を一カ所に囲った老人介護施設・老人ホームと変わらなくなってしまいます。
 あくまでも、そこに住まわせるというのは、自分達で独り立ちさせ、なおかつ、国家・社会に貢献できる共同体を創り上げさせるというのが目的であると思いますし、忠道様のご事業もそのようなものあと私は見ております。何故なら、高齢者集合住宅のコミュニティーと言えど、他のコミュニティー・社会との交流関係にありますし、そのコミュニティーだけで生きていけるわけがありませんから、他の社会のために貢献・発信できる文化を創造できるものでなければ存続できません。高齢者と言えど、自らの力で社会に働きかけ、問いかけ、創造的な仕事をしていけるようなコミュニティー創りを目指すべきです。人間には生きがいが必要です。そのためには、文化・教育事業を含んだ活動が、当然高齢者コミュニティーの中に含まれなければなりませんし、そうしたものの運営を自ら為し、また外の世界と交流していけるのが、真の理想的なコミュニティーであり、また、これは高齢者こみゅにだけに限ったことではありません。全ての年代層に言えることであり、日本人が一番欠けているのが、この自主的なコミュニティー創りなのです。そう言う意味で忠道様の仕事は、日本の社会を革命的に変えるものがあると思ってますし、一介の英語屋として、お役に立てる時があればと思っております。英会話なども、コミュニティーの自主的カルチャー事業としてきっと貢献できると思います。朋美様共々、ご成功・ご発展を心よりお祈り申し上げます。

偉大すぎて もう たーちゃんと呼べないです いつも 思うことは お兄さんは 前向きで 全身あるのみ って 伺えます。素晴らしい 経験をされて、お兄さんを 取り囲む環境や人間関係も とても厳しく けど 優しい…上手く言えませんが 忠道流の生き方、私は大好きで 尊敬します
朋ちゃん元気?楽しく過ごしてますか?
  • 2011-11-11 21:50
  • あみる
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忠道さん。コメントありがとうございます何もしていない私に仲間とはホントにありがとうございます足下におよびませんが、私なりに精一杯できる事を頑張りたいと思います。
  • 2011-11-11 22:51
  • run
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お兄さんお返事を感謝します。実は明日で一応ヘルパーとして在宅の仕事を
させていただいて1ヶ月になります。資格を取るに、あたっても主治医から鬱だと
知られたら取れない資格もあると言われましたし働いていても病的だと思われない
だろうかと、いう不安もずっと持っています。ただ1日1日1コマを大切にと
言い聞かせて利用者様宅に伺っています。そんな私が素敵な施設だなと思って
嬉しく見させていただいています。私は色んな意味で強くなりたいし、スキルアップも
したいので、いっぱいある病気は、これからどうなるか分からないけれど、前だけを
見て止まっても良いから歩きたいですね。今までの努力不足を少しでも変えられるように
なりたいです。これからも宜しくお願いします。
  • 2011-11-11 23:22
  • hanahana
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忠道さん、実際に、見学できたことは、重要ですよ。やっぱり、どんな分野でも、自分の目で見れたことって、すごく重要です。誘っていただけて、良かったですね。
こちらは、9日に小型二輪の免許証をもらえました。あいにく、配達の仕事が、今すぐ無く、12月20日から1月6日までの、荷物の仕分けのアルバイトの面接を受けます。貯金をおろして、125CCのミッションのバイクを購入するかを、良く考えます。12月20日までは、バイクの道路での練習と、パソコンの自習に、あてたいと思います。また、これは、職業ではありませんが、ファッションの会社に、最先端ファッションの情報を送ることを、ライフワークにしています。忠道さんの活動は、世界規模の活動で、すごいなあと思います。お互い頑張りましょう。
  • 2011-11-12 01:50
  • ゆうき
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そうですね。
最後を自宅で‥こういう選択肢があるのは良い事と思います。本当に、マザーテレサを思い出します。彼女のしていることは、間違ってはいませんし、むしろ患者への思いやりが表れているとおもいます。以前教会で、重い病気の信徒の方が『私は私の家で(主イエスのみもとで)死をむかえたい』と言っていた方がいましたが、その願いは叶い礼拝中に息をひきとりました。本来なら入院の状態でしたが、自ら選択して、病院の治療というのを選びませんでした。

これから日本に、そういった施設が出来ることを祈っています。良い文章をありがとうございました。
  • 2011-11-12 13:34
  • ねこ
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延命至上、救急至上主義の現場で勤務しております。忠道様のプログ、私達の心の叫びです。日本中の皆様に伝えたい。「人は必ず死ぬんです。どうか自分の死に方を決めておいて下さい。」
  • 2012-01-22 17:51
  • 現場
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私は看護師で終末期の患者さんを看ることがを多く、何人か看取ってきました。緩和を勉強していく中で、セントクリストファーホスピスを知り、ぜひ訪れたいと思っています^^
貴重な記事をありがとうございます。
  • 2014-03-19 13:58
  • はな
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Re: タイトルなし

はなさんへ

それはよかったです。
当時私はまっさらな状態で視察に行かせていただきましたのでとても強く印象に
残っています。あんな素敵な場所が日本にできたらなぁと思いました。
コメントありがとうございます。下河原忠道

> 私は看護師で終末期の患者さんを看ることがを多く、何人か看取ってきました。緩和を勉強していく中で、セントクリストファーホスピスを知り、ぜひ訪れたいと思っています^^
> 貴重な記事をありがとうございます。
  • 2014-03-23 23:44
  • 下河原忠道
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下河原忠道

株式会社シルバーウッド代表取締役
/薄板軽量形鋼造システム スチールパネル工法躯体販売事業/サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀 ぎんもくせい」運営/財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事

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