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妹への感謝状


こんにちは。今日はプライベートな投稿です。

妹の朋美から全国公開感謝状を頂きました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150324-00000012-rbb-ent

本当に律儀な妹だと思います。もう何年も前の話なのに。
でも本当に嬉しく思います。あの時に信じた気持ちがこうして報われたのですから。

当時、誰もが華原朋美の将来に不安を感じていました。私たち家族も下河原朋美の人生が
いったいこの先どうなってしまうのだろうと大きな不安を抱いていました。
また、たくさんの方々に多大なるご迷惑もおかけしました。

当時の朋美とのやりとりでこんなエピソードを思い出しました。


何もかもすべてを一瞬のうちに失い、不安のるつぼに苛まれ、家族に囲まれていた朋美は
何度も自宅から脱走を試みました。発見された時の朋美は人間とは思えないほどボロボロ
に傷つき、まともに歩く事さえままならない状態でした。

一歩外に出てしまえば大きな危険と隣り合わせの状況です。家族も容態や精神状態が落ち
着くまでは外出は控えるよう交代で朋美のそばにいました。

ある日の事です。部屋のどこを見渡しても朋美の姿がない。窓の外を見ると二階の窓から
飛び降りた朋美がいました。さいわいにも大けがには至りませんでしたが、一歩間違えば
取り返しのつかないことが起こってもおかしくはありませんでした。

私は泣きじゃくる妹を縛り付けました。
自分の妹を縛ること。それは想像を絶する行為でした。母はそばで泣き崩れていました。
こんなことがいったいいつまで続くのか。いったい朋美はどうしてしまったのか。

心の奥底にある不安と悲しみは決して消えることなく、毎日のように家族全員を苦しめました。
あたりどころのない怒りと葛藤。朋美が悪いわけじゃない。誰がいけないわけでもない。
そんな状態が何年も続きました。
そのとき父は今の朋美の病魔は現代の病魔そのものだと言いました。本当にそう思いました。

早朝、少しだけ正気を取り戻した朋美は震える手で私に何かを持ってきてくれました。
それは豚汁でした。冷蔵庫にある材料で家族のために必死に作った豚汁でした。
腕にはミミズ腫れの痕がありました。私がひどく縛り付けた時にできた傷痕でした。


それから幾度となく訪れる裏切りと悲しみの、すべてを乗り越え今の朋美がいます。
朋美は本当に強くなりました。そして、大人になりました。これからの活躍が本当に楽しみです。

「何度転んでも、必ず立ち上がり、前を向いて歩き続ける」

その朋美の姿勢に家族全員が感謝し、ポジティブな気持ちをもらっています。最高の恩返しです。

IMG_2923_convert_20150326151009.jpg
※写真家の前さんに頂いた宝物です


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下河原忠道

株式会社シルバーウッド代表取締役
/薄板軽量形鋼造システム スチールパネル工法躯体販売事業/サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀 ぎんもくせい」運営/財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事

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