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執筆本が出版されました!

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共著のご紹介でーす。

「点滴はもういらない」
〜最期を決める覚悟とタイミング〜
(ヒポ・サイエンス出版)

医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳さんと、エイジングサポート実践研究会代表の小川利久さん、
そして私の三人で書き上げました!

在宅医療、特養、サ高住それぞれの立場から人生の最期の迎え方、最期の最期までまで自分らしく
生ききる大切さが書かれている本です。書いた私が言うのもなんですが、誰にでも分かりやすい本
です。佐々木さんも小川さんもとても優しい方なので、まるで語りかけるように執筆されています。

<本文より>

治療をやめるという決断には勇気と覚悟が必要です。なぜなら、それは人生が残りわずかである、
ということを認めなければならないからです。しかし、たとえ治療を継続しても、そのときは、
いつか訪れます。迫り来る死を恐れ、目を逸らし、無意味な治療にすがるのではなく、残された
大切な時間を積極的に生きようとすることが大切であると思います。そのような選択を自らでき
なければ、人生の締めくくりは医者任せ、病院任せになってしまいます。「決断」をしているか
どうか。これは死に方を選ぶのではなく、生き方を選ぶことだと思います。治療をやめるという
決断はあってもよいと思いますし、それを意思表示してもよいと思います。治療をやめるという
決断は、すべてをあきらめる、ということではなく、より積極的に自分の人生を生きる、という
ことだと思います。(治療をやめるという勇気 佐々木淳さん)



最近、「死に場所」を議論する風潮がようやく生まれてきました。その背景にあるのは、要介護
者の増加と「多死時代」のドアが開かれはじめたからです。無駄な入院による医療費の増加を抑
えるという側面もあると思います。それを支える世代の人口減少もその議論を急がせます。今ま
では、「老いや老衰は病気であり、病院で治せるはず」という幻想があったのではないでしょう
か。前述した、「母親が、病院以外のところで肺炎で亡くなるのはおかしい」という娘さんの訴
えは、「病院なら肺炎に対してさまざまな医療をほどこすから、死ななかったかもしれない」と
いう認識だと思います。あるいは、もっと基本的なところで「自分が死なせたくないと思ってい
るものは死なない」という、死に対する考え方の「幼さ」かもしれません。医療技術が本人のた
めになっているとはかぎらないのですが、現在の日本人の多くが「一秒でも長く生きることは幸
せ」という価値観をもっているように思います。その価値観が医療費を上昇させ続ける原因かも
しれません。今後、生産人口が減少していくと、医療費をめぐってこの問題はますます大きくな
っていくはずです。医療費の上昇はやむを得ないとしても、限られた医療資源を適切なところに
配分する必要があります。(老人ホームの看取りは増加傾向だが 小川利久さん)



本人が望まない、日本でしか行われていないエンドレスで高額な「延命」は、医療資源のムダ使
いといわれても仕方ないのではないでしょうか。身体機能を低下させるだけの「給仕介護(手を
出しすぎる介護)」も介護資源のムダ使いであると思います。少なくとも、自由な選択肢と高齢
者の主体性が守られるべきです。ますます減っていく社会資源を有効に活用するには、現在の状
況にそぐわない「常識」を冷静に見直す必要があります。そして、ここまで裕福な国へ育ててく
ださった大先輩たちへの最大限の敬意と、私たちの次の世代の幸せを考えながら、一人ひとりが
自分で判断し、行動をしていかなければならない時代だと思います。(専門職の前にひとりの人
間として 下河原忠道)


たくさんの方に読んでいただきたい名著です。(自分で言うのもなんですが)
どうぞよろしくお願い致します!!!

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下河原忠道

株式会社シルバーウッド代表取締役
/薄板軽量形鋼造システム スチールパネル工法躯体販売事業/サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀 ぎんもくせい」運営/財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事

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